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ただいま

 ミラノにいたのがもうずいぶん前のように感じられます。いまここは日本、アスコナ→ミラノ→ロンドン→成田と電車とバスと飛行機を乗り継ぎ、アスコナのアパートを出て実家に戻るまでにすでに27時間が経過していました。

 祖母の容態が悪化したとの知らせを聞いたのはミラノにいたときでした。すぐに帰って来なさいとの母からの電話でスイスに戻ってすぐに飛行機の手配をし、荷物をまとめました。50キロもの荷物を日本に送り、なるべく軽くしたつもりが結局制限いっぱいに詰めたスーツケースと大切な作品を入れた機内持ち込みの荷物を持ち、電話の三日後にはスイスを発ちました。出発前は気ばかりが焦っていましたが、空港に着き、Tokyo 行きのチケットで自分の座席を確かめたらすこしほっとしました。
 帰国前夜には親しい友人たちと、いつものレストランでいつものようにたくさん食べて、たくさん飲み(わたしはワイン一杯)、帰りはうちに寄って最後の荷物の片づけを手伝ってもらいました。みな気を使ってくれてか普段とはすこしも変わらない夜だったけれど、最後のハグはいつもよりもずっとずっと強くて、大きくて、あたたかかった。
 
 東京で出合った祖父母は、神田駿河台にある明治大学の前で洋服やさんを営んでいました。絵を描くことがとても上手だった祖父は生地のデザインをし、仕立てまでをしていたそうです。戦争が始まり、空襲を逃れ祖母の実家に戻ってからもいつもおしゃれで粋な江戸っ子の祖父の姿を見てわたしは育ちました。祖母はとてもしつけに厳しいひとで、孫たちはみな祖母に叱られながら大きくなりました。 
 いまのわたしの手仕事も祖父母の影響があるのかなと思います。小学校を卒業するまではずっと一緒に暮らしていて、あたたかい祖父母の布団に弟と一緒に入って寝るのが大好きでした。父が病に倒れた朝も、わたしと弟は祖父母の布団の中でじっとしていました。大きな救急車のサイレンを聞きながら、なにか大変なことが起こっていたのは感じていましたが、ふたりが隣にいてくれたから真っ暗闇の中でも怖がらずにいられました。
 
 久しぶりに会った従兄弟たちはみな立派になって、それぞれ祖父母の築いた家業を守り、その遺志を引き継いでいます。わたしは直接彼らの残してくれた事業に関わることはできませんが、永く築いてきたことを守り伝えていくことを大切に、祖父母の残してくれた糸を紡ぎ続けていきたいと思います。


lastview_ascona

マッジョーレ湖、さいごにみた景色。
また戻ることはあるのかな。



十月七日 日曜日(さいしょのおうちごはんはおにぎり)
| Ascona | - | 17:35 |
さいごの訪問客

 九月に入りスイスでの滞在も残りあとわずか、日本から、ヨーロッパの各地からここアスコナに来客が押し寄せています。オーストリアで合流したあっちゃんとはWien、Innsbruckを一緒に廻り、アスコナにも一週間程いてくれました。その間にもロンドンから幼なじみが、日本からふたりの友人もスウェーデン、ロンドンへの旅の途中にこんな田舎の街まで来てくれました。授業もあってなかなか一緒に過ごすことはできなかったけれど、都会で忙しく日々を過ごす彼女たちにはつかの間の休日をのんびりたのしんでもらえたようです。

 スウェーデンへ向かうふたりを見送って3時間後にはもう三人、最後の来客がロンドンからやってきました。夏に彼らのロンドンでのフラットにお邪魔していたのでそんなに久しぶりではないけれどこの街での生活を見せることができてわたしもうれしい。車でやってきた彼らに「これまで行きたくても行けなかったところは?」と聞かれ、以前友人の Sibylle に教えてもらってとてもよかったと聞いていた Valle Verzascaに行くことになりました。アスコナから山の方へ車で40分程の深い渓谷にある小さな街です。古くからこの地方では石で家を建てていました。いまではその技術を知るひともほとんどいなくなり現代的な家がほとんどですが、山間の村にはまだぽつぽつと残っています。どれもかわいらしく、あたたかみのある家ばかり。


verzasca_ie


 そこからさらに15分程先にあるのは石でできた古い橋 'Ponte dei Salti' 、わたしたちが到着したときにはちょうど教会へ向かう途中の新郎新婦、そしてその家族が一緒にこの橋を渡っていました。華やかではないけれどとてもすてきな光景でした。


verzasca

 

 彼らが帰る日には一緒にミラノまで車で乗せてもらいました。もうミラノに行くことは当分できないと思っていたのにこんなに早く行けるとは! お目当てはもちろんあのジェラート屋さんです。ジェラートを食べにミラノまで、なんて贅沢な日帰り旅行でしょう。


gelato1 

ひとり3つの味が選べるとのこと、わたしはバジルチョコ、マンゴー、ピスタチオの組み合わせ。どれも濃厚でなめらか、それぞれの素材の味はもちろん、チョコとバジルの組み合わせは濃厚なチョコにバジルの爽やかな風味が合わさってとてもおいしかった!

 
 これがアスコナでの最後の旅になってしまうとは思ってもいませんでしたが、いつでもどこでもたのしむことのできる彼らとだったから、見慣れた街の風景も、ふだんと変わらないはずのごはんもいつもよりさらにおいしく食べることができました。ほんとうにありがとう。


十月一日 月曜日(あたふたして帰国準備)


 
| Ascona | - | 23:38 |
アイスクリームのたのしみ

 友人がミラノにあるおいしいジェラート屋さんを教えてくれました。ミラノに住むイタリア人に教えてもらったとのこと、そんなに大きな期待もせずに行ったらこんなの食べたことないってくらいのおいしさで、初めてのイタリア旅行がちょっと期待外れでがっかりしてしまったけれどこのジェラートだけは格別と興奮気味に話してくれました。チョコレートだけでも数種類、いちばんのお勧めはバジル入りのチョコレートだそう。一体どんな味がするのかな。
 
 今週のアスコナは天気がすばらしくよくて、山の方からはパラグライダーで優雅に空を舞うひとをあちこちで見かけます。ほんとに高いところをゆらゆらと飛んでいて、そんなところから見るわたしたちなんて豆粒みたいなものだろうねとアイスクリーム片手に空を見上げる。いつまでみても飽きないこの景色とももうすぐお別れです。
 
 今年の夏はほんとうによくアイスクリームを食べました。ここのアイスも一応ジェラートと言うのでしょうか。学校帰りにクラスメートと、休みの日はひとりでも、先生のおうちでのディナーではパイナップルに乗ったバニラアイスとの組み合わせがとてもおいしくていつかわたしもやってみようって思ったのでした。おじいちゃんもおばあちゃんもちいさな子供もみんな大好き、みんなうれしそう。
 
 日本ではいつもシングルだったのにこっちに来てからはいつもダブルでふたつの味を一緒にたのしむようになりました。たくさんある種類のなかからふたつを選ぶのはほんとうに悩むけれど、決まっていつも濃厚な甘さのものと、フルーツのすこし酸味のあるものとを組み合わせるのが好きです。チョコとマンゴー、ティラミスとレモン、チョコチップとパイナップルもおいしかったなぁ。味ももちろん大事だけれど、無意識に色の組み合わせを考えてたりします。見た目もおいしさのひとつの要素なのです。
 
 今年はあと何回食べられるのかな。あしたもまたお天気だとよいのだけれど。


paper_decoration

Paper decorationのクラスでつくった紙。
いろんな色を重ねて、予想外の色をつくるのがたのしい。


九月二十四日 月曜日(きょうも天気は加藤さん)

| Ascona | - | 22:39 |
アンジェリカ

bookstore


 アンジェリカと出会ったのは、彼女が店を閉める数ヶ月ほど前のまだ吐く息も白い二月の終わりのことでした。薄紫色のシフォンの丈の長いワンピース、質の良いアンティークのアクセサリーを幾重にも身に着けた彼女を初めて見たとき、中世の西洋の魔女はこんなだったんだろうなと想像させるような容姿をしていました。何度か店に足を運ぶうちに話をするようになり、アスコナに来る人々はお金を持っていても本の良さがわからないひとが多い、なぜ彼らは宝石や車ばかりにお金をかけるのかと、本が売れなくなり店を閉めざるを得なくなったことを嘆きながらも、わたしが手に取る本の思い出をひとつひとつ丁寧に教えてくれるその目はときにあどけない少女のようでした。 
 
 彼女はドイツのとてもよい家柄に生まれ、頭もよく、音楽の才能を生かして歌手として活躍していたそうです。けれどある時旦那さんの裏切りにあい、失意の中であたらしい人生をとこの街で古本屋を始めました。店にはオルガンが置かれ、愛おしそうに鍵盤を触る彼女を一度だけ見たことがありました。

 店を閉めると聞いてからは毎週末彼女のところへ行き、彼女の本に囲まれて何時間も過ごしました。1940−60年代のスイスのデザイン雑誌「GRAPHIS」、1900年代のオーストリアのグラフィックデザインの本「Aufbruch und Erfullung」、Linotype社Ottmar Mergenthalerの本、ドイツのイラストレーターの本などたくさんの美しい本に出合うことができました。ドイツ語で書かれた本は読むことはできませんでしたが、デザイン本や画集、写真集などからも彼女のセンスがみられ、すこし暗めの色合いの画家や版画家の本が多かったように感じました。アルコールを飲まずには生活することができず、ときに感傷的になって話す彼女との会話に疲れてしまうこともありその後は足が遠のいてしまいましたが、結局は六月の終わり頃まで店を開けていたようです。

 彼女が亡くなったと聞いたのは三日ほど前のこと。自分でもわかっていたのでしょうか、店を閉め、身の回りをきちんと整理して彼女は旅立ちました。「死してなお、魂は成長する」とはドイツ語で死を意味する単語に含まれた言葉です。
 
 アスコナは少しずつ秋の気配を感じてきています。


lakeview

二月の終わり、店の前から見た湖の景色。
おなじ景色を彼女も見ていたのかな。


八月二十六日 日曜日(布団が恋しい)

| Ascona | comments(0) | 19:45 |
アスコナと太陽

 きょうは山の方へ友人を訪ねる予定でしたが朝から体調が優れず断念。彼女の住んでいるところはかなりの山奥なので「天気がよい日に来てね」とのアドバイスを受け、先週からずっとお日様待ちをしていてようやく今日! と思ったのにこれでは山登りもできません。でも彼女は10月までそこに滞在しているというのでまた次の機会にということになりました。
 というわけで、きょうは快晴のアスコナですが一日うちでじっとしていることに。3日続けてのカレー(作りすぎた)はさすがにと思い、お昼におかゆを食べたら体調は少しずつですがよくなってきました。
 
 アスコナの街には太陽が似合います。友人がはるばる日本から訪ねてくれる度に願うのは天気。ここはほんとうにちいさな街なので特にこれといってすることはありません。友人のベンジャミンもすることと言えば「bookbinding or swimming?」と言うくらい。ということは湖で泳ぐことのできない冬は、、、そう、ほんとうに何をしていたのかいまでも思い出せないくらいです。覚えているのは、テレビも電話もインターネットもなかった頃まいにち誰かしらに手紙を書いていたことです。おかげで郵便局のお姉さんとは顔見知りになれましたが。

 けれども住めば都、すてきなところはたくさんあるのです。

 街の中心にある湖、マッジョーレ湖は4分の3はイタリア領なので写真に見える向こう岸はもうイタリアです。水がとても澄んでいてきれい。泳ぐのもよいけれど、浜辺で石を積み上げたり、ぼーっと景色を眺めたりしています。いちばん近いイタリアはCanobbioという街。おいしいエスプレッソを飲みに行きます。

湖

 
 それからちいさな美術館もあります。Museo comunale d'arte moderna Asconaという市立の美術館。好きな作家Niele Toroniのドットが壁一面にあったり、ロシア人の画家Marianne Werefkinの絵もたくさんあります。彼女の作品はここで初めて知りましたが、道を歩く女のひとの絵が多く少しさみしげですが好きな絵が多かったです。

Niele Toroni

 
 アパートから歩いて数分のところにはやぎと羊とにわとりのいる小さな牧場があります。春には子やぎがたくさん生まれてすごくかわいかったです。パンが余るとあげに行ったりします。目がコワかわいいのです。

やぎ

 
 まだまだ外は明るいアスコナですがもう夜の8時を過ぎました。カレーは当分作らないことに決めました。


八月十日 金曜日(たくさん寝た)

| Ascona | comments(0) | 20:19 |
di ascona

 気がつけばもう7月、この街に来て5ヶ月が過ぎました。

 ひとりの時間が長かった最初の月、
(なにをしてたのかいまでは思い出せません)
 はじめての訪ね人がやってきた2月の終わり、
(いまでも思い出すたのしかった時間)
 復活祭の頃にはようやくこの街にもにぎわうようになってきて、
(はじめてこの街のレストランで食事)
 いちばん授業の多かった5月はクララとふたり暮らしもしたりしました。
(ハイジ先生も来た)
 あれよあれよと言う間に、けれども確実に時間は流れ、身体もこの街に、ひとに、空気にも馴れてきているのかなと感じます。

 先週はここから電車で2時間半の街、イタリアのミラノに行きました。ミラノにもうずいぶん長く住む父の古い友人夫妻を訪ねました。父が何度も足を運んだこの街で、おなじ道を歩き、おなじお店を覗き、おなじレストランに行き、20年という時間に想いを馳せました。

 なにがきっかけだったのか、まったく性格の異なる父と旦那さん。父との思い出話をきのうのことのように語るふたりから知らない父の姿を想像するばかり。

 ずっと昔と、ほんのちょっと昔、十年前と、ついさっき。いろんな時間が混じり合い、交差していまがあるのだということ。すこしわかった気がしました。


二〇〇七年七月二日 火曜日(ブログデビュー)


ベルガモの近くの橋


ミラノから車で1時間程、Bergamoの少し手前にある渓谷にかかる橋。
エッフェル塔とおなじ頃に建てられたそう。こんどはあの電車に乗ってみたい。
| Ascona | comments(0) | 10:52 |

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