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summer in tokyo

 ジンズメイトでの展示は無事に終わりました。もっとたくさんの方とお話ししたかったのですが、初日のパーティでも最終日もひとの多さに息が苦しくなって車や船だけじゃなくてひとにも酔うのだと知りました。仕事や作品を通じて知り合った方とお話ししたり、店番をしていたら大学のときのクラスメートが目の前にいてびっくりしました。おーじも古賀さんに会えてちょっとうれしそうで照れてました。わたしたちもお客さんとしてもたのしむことができてよいフェアになりました。ありがとうございました。終わった後のごはんがとてもおいしかったです。







 annaちゃんの好きな蚊取り線香、日本の夏のにおいだそう。モスキートさんには嫌なにおいだけれど、実家では母のお気に入りの陶器の香炉で焚いていつも玄関に置いています。犬のリキがいたときはちょっと嫌そうでした。犬にも効き目があるのかしら。「きょうは迎え火を焚いたのよ。これからなすのうしさんと、きゅうりのおうまさんでおとーさんをお迎えするのよ」と母から電話、大好物のカニ寿司の写メが送られてきて心が揺らぎましたが今年は9月まで帰れそうにありません。↑これもクモではありません(たぶん)


 教室にはトイレと活字の棚に蜘蛛さんがよくいらっしゃいますが、昔おばあちゃんに「クモをころいたらいかんよ」と言われていて、さっちゃんもクモを見つけるとだんなさんかうちのおとーさんかもしれないと言うのでいつも安全なところに連れていってあげます。でもいつのまにか戻ってきているのでいまは見てみぬふりをします。8/2には教室でパーティがあります。生徒さんたちからメールを続々といただいていて、頭の中はいまそのことでいっぱいです。お土産もつくらなくてはいけません。生徒さん同士はクラスが違うとなかなかお会いする機会がありませんのでよい会になればと思っています。お昼から夕方までずっとオープンしていますのでお時間ありましたらどうぞいらしてください。クモさんはたぶん隠れていらっしゃるので大丈夫だと思います。



七月十七日 金曜日(うちにいるのは白いクモ)





| note | - | 02:20 |
チェロの思い出

 東京に来ていた兄に「きょうはピザだ」(前日はお蕎麦でした)と呼び出され、麻布十番まで。兄が到着するまで少し時間があったので、さる山さんに寄りました。一度お話しをしたことがあったのですがずいぶん前のこと、でも覚えていてくださって少しお話ししながらお茶をいただきました。古道具と作家さんの白磁の器や茶器が並べられ、ところどころに古い楽譜や楽器が置いてあり、凛とした静かな空気が心地よくて、それがお人柄なのか、部屋の空気感なのか、置いてあるものたちからなのかとピザを食べながらぼんやり考えました。

 中学に入学してすぐ、最初の音楽の授業はチェロを弾くことから始まりました。初めて触れる弦楽器の、肩の高さほどもあるその大きな楽器は支えるだけで一苦労です。課題曲は「メリーさんの羊」、たった4音だけの曲ですが、まず弓を垂直に動かすことができなくてはじめはぎーこぎこ、なかなかきれいな音になりません。少しずつだけれど音が出るのがたのしく、きちんと弓が動くと体の芯にまで音の振動が伝わり、体全体で音を奏でているような気がしてきます。それからというもの、なんとなくオーケストラや音楽番組でもいちばんにチェリストが目に入るように。バイオリンのように主役になるような楽器でもないし、コントラバスのように存在感があるわけでもない、どこか愛着のあるその姿はその大きさからでしょうか。

 飛行機に乗っていてチェロと隣り合わせたことがあります。持ち主はその隣に座る女性、「楽器のために席を買わなくてはいけないのよ。バイオリンなら膝に乗せられるのだけれど。あっ、でも子ども料金で半額ね。」彼女はニューヨークに暮らし、チェリストとしていろんなオーケストラに参加しながら演奏活動をしていました。そのときはヨーロッパでの演奏旅行を終えてパリから帰る途中、わたしはといえば、春休みを利用して叔母のところにいるときにちょうどパリに友人がいるとのことで一週間ほど遊びに行っていたのですが、飛行機の時間を間違え(ほんとは前日に帰る予定)、母には電話で怒鳴られ、叔母にはチケットを空港にまで買いに行かせ、かなりの迷惑をかけてびくびくしながら帰るところで同じ便に乗り合わせたのでした。そういえば、叔母も音大で博士課程にいるところですと話したらなんとふたりは同じ大学の同窓生、空港に着いて早速叔母に電話をし、家も数ブロックしか離れていないことがわかりアパートの下でふたりは数年振りの再会を果たし、そんな偶然もあってわたしへのお咎めも少し軽くなったのでした。




sabinas redroom



友人Sibylle のルームメイト、Sabina の部屋。
彼女がいないときにわたしはこの部屋を
使わせてもらいました。歌手を目指し、
レッスンに励んでいた彼女から昨年末
最初のアルバムが届きました。
小さな身体から出るパワフルな歌声、
CDデザインは Sibylle が手掛けています。



 「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を取りました。映画はまだ観れていないけれど映像でもっくんがチェロを弾くシーンを何度か観て彼女のことを思い出しました。いまもまだどこかのオーケストラで演奏をしているのかな。叔母もそうですが、楽器を弾くひとは指が音楽家の指をしています。博士号を無事に取得した叔母はその後また大学に入り直し、司法試験を経ていまは弁護士として日々忙しく働き、ピアノはたまに弾くのだそう。いまは何も考えずたのしく弾けるからよいとのことです。


 今週末からはまたあたらしいクラスが始まります。どんな方とまた出合えるのかな、いまだ初回は緊張してどきどきです。どうぞよろしくお願いします。



二月二十四日 火曜日(おとぼけ豆を届けなきゃ)






| note | - | 23:47 |
Giovannaさん

 ハドソン川に飛行機が浮かんでいた。何度かフェリーで渡ったことのある場所をこんな映像で再び見ることになるなんてびっくり。乗客乗員、皆無事でよかった、まさにハドソン川の奇跡。


NYferry


 NY州のお隣、ニュージャージーに住む、叔母の幼なじみの Nicoletta のご両親、高校で美術を教えるシチリア島出身の Giovanna さんと 大学でグラフィックデザインを教える Howard さんには十代の頃からお世話になっています。彼らのお家はマンハッタンが一望できる川沿いの小高い丘にあり、ベランダから望む対岸の眺めはどれだけ見ても飽きない景色です。南イタリア料理が得意な Giovanna さんは、訪れると必ずなにかを用意していてくださって、長旅に疲れて到着したわたしを焼きたてのビスコッティで迎え、遊びに出かけて帰りが遅くなると伝えても夕食を食べずに帰りを待っていてくれます。オーブンでじっくり焼いたドライトマトも手打ちのパスタもレストランでは食べられない温かい家庭の味、わたしの泊まる部屋は、昔 Nicoletta が使用していた地下の部屋、薄暗い倉庫の隣にあるこじんまりとしたかわいらしい部屋です。美術を教える方なので大きな作業台や様々な道具が倉庫には詰まっていて、こんなアトリエがいつか持てたらなと勝手に夢見ていたものでした。初めて訪れたのは中学を卒業したばかりの春、その後美術の予備校に通いはじめて絵を描くことがいつのまにか受験の為のデッサンになっていたとき、絵を描くことのたのしさを改めて教えてくれたのは彼女でした。

 最近は叔母から近況を聞くくらいしかできないけれど、いまはシチリア料理の本を出して、教えたりしてるみたい。どうりでおいしいわけだ。また近いうちに会いに行けたらなと思います。教室のことを知らせて、いくつか作品を見せて感想を聞いてみたい。



kyoto_street



久しぶりの写真はフィルムをスキャンしたもの。
埃被ったスキャナーでの作業もかなりアナログ
です。デジタルの方がもちろん作業は楽だけれど
フィルムの色はデジタルでは出せない色合い。
これは春の京都の夕暮れ。



 ananas press の 'Sincerely yours,' を京都の恵文社で扱っていただけることになりました。京都に行くと必ず寄る本屋さんです。こないだは詩仙堂から歩いたら道を間違えて怒られました。また行きたいです。



一月二十三日 金曜日(魁皇がんばった)



 

  

 

 

 
 
| note | - | 01:51 |
まりこのブックカバー

 子どもの頃母が編んでくれた薄紫と白のしましまのマフラー、でもどうにもわたしには長過ぎます。そんならふたりでしたらちょうどいいわと弟とわたしの首にぐるぐる巻きつけました。ふたりでしたらもちろんあったかいけれど、どうしたってふたり同時にしか動けません。ぞうきんくらいしかミシンをかけるのを見たことがないので裁縫は苦手なのだろうかと思いますが編み物は好きなよう。3年前に編んでくれたコットンのマフラーはちょっと長さが足りません。


 中学に入ってすぐ教科書と共に最初に購入した本は聖書と賛美歌の本でした。祖母がクリスチャンだったけれど聖書を読むこともきちんと賛美歌を歌うことも初めてのこと、中高一貫校であったので高校を卒業するまでの6年間、毎朝の礼拝の度に開く聖書も毎日手にするうちにだんだんと身近なものになっていきました。一年生になって最初に母親にしてもらうことがその聖書と賛美歌にブックカバーをつけること、クラスメートはそれぞれお母さんお手製のパッチワークやアップリケでかわいく繕ってもらったものばかり、そんななかで母のブックカバーはクラスでただひとり紙製のものでした。少し赤みがかった茶色にターコイズブルーや黄色の細かなペイズリー柄のエトロの紙袋で作ったもので、13歳にこの柄は正直渋すぎて最初はみんなの前で開くのが恥ずかしいくらいでした。中学を卒業し、高校生になってからも同じように毎朝の礼拝の度に開き、季節ごとの行事にも、修学旅行にも持っていったこのカバーが時間の経過とともにくったりして手にもほどよく馴染んでいきました。卒業する頃にはシックなエトロの柄がすてきにみえてきました。

 いまでも実家の本棚の奥にひっそり佇むこの2冊。聖書の紙は薄はりガラスのように薄くてぱりぱりしていて、何度も開いたページはくったりしわしわです。世界中どこでも手に入って、誰もが知ってるこの本は世界で最初に印刷された本でもあります。「わたしは葡萄の木、あなたがたはその枝である」、好きな言葉のひとつです。





hk_taxi



久しぶりにタクシーに乗ったら酔いました。
これもやっぱり遺伝です。
これは香港のタクシー、上から見ると
カラフルでかわいいけれど、
運転荒くてここでもぐったり。




 日曜日、二度目のワークショップのために世田谷へ。が、渋谷をバスが出た直後にパソコンを忘れたことに気づいて慌てて戻る。タクシーで行って帰ってぎりぎりセーフ、間に合いました。ワークショップは無事に終了し、今回も皆さんとても熱心に作業してくださって、またまた時間オーバーしましたがたのしんでくれたようで嬉しいです。またいつかどこかで、あたらしい作品とお会いできるのをたのしみにしています。ありがとうございました。




十一月十九日 水曜日(月が半分になっちゃった)

 
| note | - | 23:15 |
in his shoes

 友人の Anna が靴の本をつくっているのだと教えてくれました。なんでもここ数年で足のサイズが変わってしまい、これまで持っていた靴がほとんど合わなくなってしまったそうで、手放す前の思い出にとひとつひとつイラストに描き起こしたものをうれしそうに見せてくれます。ちょっともったいないような気もするけれど、「今度、全部フリーマーケットに出すのよ」なんて言うその顔は、なんだかすっきりたのしげです。


 実家の倉庫には父の靴がどっさりそのままの状態で残っています。わたしひとりすっぽり入りそうな壷や、アンティークの自転車、家具に車に服に美術品、なんでも収集癖のある父の、服に次いで多いのが靴のコレクション。身体の自由がきかなくなって、麻痺による腫れからお気に入りの革靴が履けなくなり、マジックテープで簡単に着脱できるリハビリ用の靴を履くたび見せる不満げな顔はいまでもよく憶えています。それでも、出かけるときにはお気に入りの色のセーターにそれに合わせたマフラーを巻き、べっ甲柄の眼鏡で出かける姿は病院にいるときよりもはるかにうれしそうでした。




shoes_market_HK



先日、香港のマーケットで見つけた靴の置物。
いろんな柄のシルクの布で覆われていて
レースであしらわれたものもあって、
この中からひとつなんて選べませんでした。
結局 5 足も購入。



 これまではぺしゃんこ靴ばかりだったのに最近はヒールの高い靴を履いちゃったりして、なんだか背中がしゃんとして大人の女性に(もう十分大人ですが)近づけたみたいでかつかつ歩いてみたりしています。でもまだ慣れなくてふらつくこともあるけれどめげたりしません。またあたらしいブーツも仲間入りしてしまいました。でもぺたんこ靴も捨てられない。血は争えないようです。



九月二十一日 日曜日(靴好きにも悪い人はいないはず) 
| note | - | 03:57 |

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